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東京高等裁判所 昭和49年(ネ)2418号 判決 1976年3月30日

控訴人 林清次郎

右訴訟代理人弁護士 渕上貫之

同 関口徳雄

同 中村れい子

右訴訟復代理人弁護士 藤森洋

被控訴人 福田惠夫

右訴訟代理人弁護士 熊木正

同 板垣光繁

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は「原判決を取消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」旨の判決を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上の陳述および証拠関係は、左に付加するほかは、原判決の事実摘示のとおりであるから、これを引用する。

(被控訴代理人の陳述)

一(一)  本件建物の地下室は鉄筋コンクリート造りであり、床面積は三二・六四平方メートルで、建物全体の床面積の三分の一強を占め、木造の地上部分の基礎をなすものであるから、それが倉庫用として建築され、しかも現実には使用されていないとしても、客観的にみて、右地下室が本件建物の構造上その基本的構成要素であることに変りはない。そして、右地下室のコンクリート製の壁面のうち二側面はそれぞれ隣地建物に接着しており、該壁面を解体しようとすれば、隣地建物が傾いたり、崩れたりする危険があるため、右地下室の撤去は不可能もしくは極めて困難である。以上によれば、本件建物は全体として堅固な建物であるとすべく、このような建物を築造した控訴人の行為は本件土地の用方に違反する。

(二)  仮に本件建物が堅固な建物に当らないとしても、本件土地賃貸借契約において定められた目的は普通(非堅固)建物の所有であるが、右目的には本件土地を掘削して地下室を建築所有することは含まれないこと、将来地下室を撤去するに伴い隣地建物が傾いたり、崩れたりしたときは、被控訴人の責任で右被害を賠償しなければならず、また被控訴人が本件土地上に堅固な建物を建築しようとする場合、右地下室の部分をそのまま土台として利用できない等右地下室の存在が被控訴人に多大の損害を余儀なくさせるものであることからすれば、控訴人が右地下室を築造したこと自体本件土地の用方違反である。

二  控訴人の後記二の主張事実は争う。

控訴人が本件建物の建築に当り、被控訴人に対し終始ことを陰蔽し、被控訴人の意思に反して工事を続行し、被控訴人に不安を与えた事実および本件建物の建築が建築確認を得ないで強行された事実は控訴人の用方違反行為の背信性を如実に示すものである。

(控訴代理人の陳述)

一  被控訴人の前記一の主張事実は争う。

(一)  本件建物の地下室は、建築基準法上、地上部分を旧建物より減坪しなければならなくなったので、倉庫を地下に造って減坪を補おうとしたものであり、要するに、地下室は地上部分に付従し、本件建物について旧建物と同程度の利用効果を得るため築造したものであり、しかも、現実には大部分は土砂で埋められ、使用不能の状態にされており、その撤去は多額の費用を要しないで容易になしうるのである。従って、本件建物は全体として非堅固な建物であるとすべきである。

(二)  仮に本件建物の地下室の築造行為のみを抽出して用方違反の有無を論議することが許されるとしても、本件建物の地下室は旧建物改築の必要に迫られていた控訴人が前述のような目的で築造したものであること、その撤去が前述のとおり容易であること、地下室が残存していても本件土地の価値を減少したり、事故発生の危険を生ずるものでないこと、地下室を築造してはならないとの特別な約定は存在しなかったこと等を総合すれば、控訴人には用方違反の行為はなかったとすべきである。

二  控訴人に用方違反があったとしても、背信性がないとすべき事情として、次の事実を付加して主張する。

本件建物の地下室は、旧建物改築の必要に迫られた控訴人が本件建物につき旧建物と同程度の利用効果を得るため築造したものであり、他方、被控訴人は他にも建物、貸地等を所有し、特に本件土地を必要とする事情にはなかったこと、更に、本件土地の賃貸借の残存期間は一六年余りあったこと、もともと被控訴人は地下室の築造そのものには異議がなかったのであるから、その周囲をコンクリート製にすることも認めてしかるべきであったことをあわせ考えると、本件建物の建築はこれを承諾することが賃貸人として相手方の信頼に応える所以であった。

三  原判決事実摘示第二の三3および右二掲記の事実関係のもとにおいては、被控訴人がした本件土地賃貸借契約解除権の行使は信義則に反し、権利を濫用するものであって、許されない。

(証拠関保)≪省略≫

理由

当裁判所も被控訴人の控訴人に対する本訴請求は正当として認容すべきものと判断する。その理由は、左記のとおり付加訂正するほか原判決理由説示のとおりであるから、これを引用する。

一  原判決理由二3の一行目から六行目までを次のとおり訂正する。

「本件建物の地下室は、本件土地をほぼ全面に亘り約二・五メートルないし三メートルの深さに掘削した場所に築造したもので、鉄筋コンクリート造りであり、床面積は三二・六四平方メートルで、建物全体の床面積(九七・四四平方メートル)の三分の一強を占め、その上に木造の地上部分を積載する基礎をなすものであることは、当事者間に争いのない本件建物の規模、構造および前記1、2の認定事実から明らかであるから、たとえそれが控訴人主張のような目的で築造された事情にあったとしても、右地下室が本件建物の構造上その基本的構成部分をなすことに変りはない(控訴人が地下室の建築を完成することを断念し、既に外部工事の終った地下室の一部に土砂を少し入れ、また地下室への出入口を密閉し、現実に使用不能の状態にしたことは後に認定するとおりであるが、この事実は上記の判断を左右するものではない。)。このように本件建物は地上部分が木造であるにせよ、これを積載し、全体の基本的構成部分をなす地下室が鉄筋コンクリートで造られているので、全体として、普通の木造建物に比較して著るしく耐久力、堅牢性を有するものと認めることができるから、仮にこれを撤去することが技術的にみて絶対に不可能でないにしても、いわゆる堅固の建物に該当することは否定できない。されば、本件建物を建築した控訴人の行為は本件土地の用方に違反するものといわなければならない。」

二  同二3の一〇行目に「地下室」とあるのを「本件建物」と訂正する。

三  同二5の見出番号を二6と訂正し、その前に左記を加入する。

「5 ≪証拠省略≫によれば、控訴人方においては妻郁子が旧建物で洋裁業を営んでいたが、旧建物の改築を計画し、訴外水口富雄に相談したところ、水口から、新建物は旧建物より減坪になるので地下室を造って品物を入れた方がよいとすすめられ、これに従って地下室を築造したものであることが認められ、また前記一の争いのない事実によれば、昭和四七年一月の時点において本件土地の賃貸借の残存期間は約一六年間であったことが明らかであるが、被控訴人が他にも建物、貸地等を所有し、特に本件土地を必要とする事情になかった旨の控訴人の主張事実はこれを認めうる証拠はないし、被控訴人が地下室の築造そのものについては異議がなかったから、周囲をコンクリート造りにすることも認めてしかるべきであったとの点について、≪証拠省略≫に徴すれば、被控訴人としては構造上可能であるならば、地下に穴を掘って木枠を入れる程度のことは異議を述べないが、鉄筋コンクリート造りでは困るというのであって、控訴人の所見とは異なるのである。以上によれば、本件建物の建築はこれを承諾することが賃貸人として相手方の信頼に応える所以であるとの控訴人の主張は採用できない。」

四  同三の五行目に「記録上明らかである」の次に「ところ、先に認定した事実関係のもとにおいて、本件土地賃貸借契約解除権の行使が信義則に反し、権利の濫用に当るものとはとうてい考えられない」を加入する。

以上によれば、原判決は相当であって、本件控訴は理由がないのでこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九五条第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 浅沼武 裁判官 蕪山厳 高木積夫)

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